B・ディランの最新作、英チャートで40年ぶり首位
米ベテラン歌手ボブ・ディランの最新アルバムが、今週の英アルバムチャートで初登場1位を飾った。オフィシャル・チャート・カンパニー(OCC)が発表した。ディランが同チャートで1位になるのは約40年ぶり。
今回1位となったのは33枚目のスタジオアルバム「Together Through Life(原題)」。
ディランは英チャートでこれまで7枚が首位になっているが、前回は1970年リリースの「新しい夜明け」だった。
米シンガーソングライターのボブ・ディランの最新アルバム「トゥゲザー・スルー・ライフ」が英国のヒットチャートで、ほぼ40年ぶりに1位となった。
ディランの最新アルバムは4月28日に英国でリリースされ、5月3日にヒットチャートの1位にランキングされた。ディランのアルバムが英国のヒットチャートで1位となったのは1970年の「新しい夜明け(ニュー・モーニング)」が同10月にリリースされ、11月に1位となって以来で、実に38年と5カ月ぶり。
世界的なレコード販売チェーン店HMVの担当者は、「ディランは紛れもなく我々の最も偉大な文化的偶像であり、その曲と歌詞は現在でも50年前と同様に強力かつ今日的だ」と語った。
同担当者はまた、「ディランのアルバムはいつもコンスタントな売れ行きを保っているが、ここ数カ月、彼のアルバムのカタログの需要が急に高まった。古くからのファンに新たな世代のファンが加わってきており、ディランが新たに彼の時代を迎えているのは確かだ」と述べた。
2009年4月29日水曜日
チャカ・カーン
一昔前、今のようなR&BがSOULとかブラック・コンテンポラリーとかモータウン・ミュージックとか言われていた70年、80年代、ダイアナ・ロス、アレサ・フランクリンと並んで、黒人音楽の代表するシンガーでした。その後、ホイットニー・ヒューストン、マライヤ・キャリーなどスターが出ていますが、チャカ・カーンはそうした栄光とは別に、本当に才能のある、どんな音楽のジャンルでも歌いこなせるキャパシティを持った人として、私は本物として評価しています。続きを読む。
Through The Fire[チャカ・カーン/Chaka Khan](1985)
「チャカ、チャカ、チャカ、チャカカーン、チャカカーン、シャカカーン」のラップで始まるといえばこのアルバムのタイトルにもなっているChaka Khanの代表曲「フィールフォーユー(I feel for you)」。このラップはGrandmaster Flash & Furious FiveのメインMCでもあったグランドマスター・メリーメル(Grandmaster Melle Mel)によるもの。ただし、同じI feel for youでもCDによっては最初のラップ部分がない別バージョンが収録されているCDもあるためラップ入りが目的の場合は注意が必要。もちろん、このCDに収録されているのはラップ部分があるバージョン。昔からブレイクダンスのポッピング、ロックダンス(ロッキング)、ブレイキングなど様々なジャンルのダンサーの間で人気の定番曲。ちなみに、この曲のプロモーションビデオクリップのブレイクダンスバージョンでは、ブガルーシュリンプ(Boogaloo Shrimp)、ポッピンタコ(Pop'n'Taco)など映画ブレイクダンスの豪華ダンサー達が出演し終始超絶ダンスを踊っているため、とてもおすすめ。
Through The Fire[チャカ・カーン/Chaka Khan](1985)
「チャカ、チャカ、チャカ、チャカカーン、チャカカーン、シャカカーン」のラップで始まるといえばこのアルバムのタイトルにもなっているChaka Khanの代表曲「フィールフォーユー(I feel for you)」。このラップはGrandmaster Flash & Furious FiveのメインMCでもあったグランドマスター・メリーメル(Grandmaster Melle Mel)によるもの。ただし、同じI feel for youでもCDによっては最初のラップ部分がない別バージョンが収録されているCDもあるためラップ入りが目的の場合は注意が必要。もちろん、このCDに収録されているのはラップ部分があるバージョン。昔からブレイクダンスのポッピング、ロックダンス(ロッキング)、ブレイキングなど様々なジャンルのダンサーの間で人気の定番曲。ちなみに、この曲のプロモーションビデオクリップのブレイクダンスバージョンでは、ブガルーシュリンプ(Boogaloo Shrimp)、ポッピンタコ(Pop'n'Taco)など映画ブレイクダンスの豪華ダンサー達が出演し終始超絶ダンスを踊っているため、とてもおすすめ。
2009年4月19日日曜日
マイケル・ボルトン/Michael Bolton
「デスパレートな妻たち」のニコレット・シェリダン、マイケル・ボルトンと婚約
[シネマトゥデイ映画ニュース] 「デスパレートな妻たち」のニコレット・シェリダンが交際中だったマイケル・ボルトンと婚約したことが明らかになった。続きを読む。
男が女を愛する時/When A Man Loves A Woman[マイケル・ボルトン/Michael Bolton](1991)
全米ビルボード・チャート最高位:1位
キャッシュ・ボックスチャート最高位:1位
全米年間ビルボード・チャート50位
キャッシュ・ボックス年間チャート54位
[シネマトゥデイ映画ニュース] 「デスパレートな妻たち」のニコレット・シェリダンが交際中だったマイケル・ボルトンと婚約したことが明らかになった。続きを読む。
男が女を愛する時/When A Man Loves A Woman[マイケル・ボルトン/Michael Bolton](1991)
全米ビルボード・チャート最高位:1位
キャッシュ・ボックスチャート最高位:1位
全米年間ビルボード・チャート50位
キャッシュ・ボックス年間チャート54位
2009年4月8日水曜日
エルトン・ジョン
- エルトン・ジョン Elton John -<20世紀を代表するヒット・メーカー>
60年代から活躍を始め、ビートルズ以降最大のヒット・メーカーと言われた男、エルトン・ジョン。それでも彼の名は1990年代に入る頃には、危うく忘れられかけていました。しかし、1997年「風の中の火のように Candle In The Wind」のメガ・ヒットにより、再びその名が世界中に知られることになり、それどころか、ギネス・ブックに載るほどの20世紀最大のヒット曲の作者として、歴史にその名をとどめることになりました。
もちろん「風の中の火のように」は、あのダイアナ皇太子妃の追悼歌として録音された曲ですが、もとはといえば彼の最高傑作と言われるアルバム「グッドバイ・イエロー・ブリックロード」の中で、マリリン・モンローを追悼する歌として挿入されていた曲でした。20世紀を代表する美女二人、そしてともに謎の死を遂げた二人に捧げられた曲というだけでも、この曲の歴史的価値はたいへんなものかもしれません。
続きを読む。
エルトン・ジョン Elton John 「グッドバイ・イエロー・ブリックロード」
HELLO YELLOW ELTON ROADへようこそ!
このエルトン・ファン・サイトに訪問戴きありがとうございます。エルトン・ジョン(以下EJ)は、永年に渡り輝き続けるポップスターであり、また卓越した音楽家でもあります。彼の素晴らしさについて、多くの人達とその話題を共有できたらどんなに素晴らしいことでしょう。EJについて、いくつかの資料と私の知っている限りのことをここにまとめてみました。このサイトが、皆さんとの情報交換の場になれればと願っております。
続きを読む
最近のエルトン・ジョン
エルトン・ジョンは、1997年にパリで交通事故死したダイアナ元英皇太子妃の
親友としても有名で、8月末にパリで事故死したのために同元妃の葬儀で熱唱した
「キャンドル・イン・ザ・ウィンド」は世界的な大ヒットとなりました。
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60年代から活躍を始め、ビートルズ以降最大のヒット・メーカーと言われた男、エルトン・ジョン。それでも彼の名は1990年代に入る頃には、危うく忘れられかけていました。しかし、1997年「風の中の火のように Candle In The Wind」のメガ・ヒットにより、再びその名が世界中に知られることになり、それどころか、ギネス・ブックに載るほどの20世紀最大のヒット曲の作者として、歴史にその名をとどめることになりました。
もちろん「風の中の火のように」は、あのダイアナ皇太子妃の追悼歌として録音された曲ですが、もとはといえば彼の最高傑作と言われるアルバム「グッドバイ・イエロー・ブリックロード」の中で、マリリン・モンローを追悼する歌として挿入されていた曲でした。20世紀を代表する美女二人、そしてともに謎の死を遂げた二人に捧げられた曲というだけでも、この曲の歴史的価値はたいへんなものかもしれません。
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エルトン・ジョン Elton John 「グッドバイ・イエロー・ブリックロード」
HELLO YELLOW ELTON ROADへようこそ!
このエルトン・ファン・サイトに訪問戴きありがとうございます。エルトン・ジョン(以下EJ)は、永年に渡り輝き続けるポップスターであり、また卓越した音楽家でもあります。彼の素晴らしさについて、多くの人達とその話題を共有できたらどんなに素晴らしいことでしょう。EJについて、いくつかの資料と私の知っている限りのことをここにまとめてみました。このサイトが、皆さんとの情報交換の場になれればと願っております。
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最近のエルトン・ジョン
エルトン・ジョンは、1997年にパリで交通事故死したダイアナ元英皇太子妃の
親友としても有名で、8月末にパリで事故死したのために同元妃の葬儀で熱唱した
「キャンドル・イン・ザ・ウィンド」は世界的な大ヒットとなりました。
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2009年3月29日日曜日
ガンズ&ローゼズ / Guns N' Roses
米国ロサンゼルスでアクセル・ローズ、スラッシュ、イジー・ストラドリン、ダフ・マッケイガン、スティーヴン・アドラーの5人で結成。87年に『アペタイト・フォー・ディストラクション』でデビュー。ハード・ロックにパンクのイディオムを取り入れた音楽で一躍トップ・バンドに。続きを読む。
''80年代末、Guns N'' Rosesはハードロックというものの様相を変えてしまった。それも恐るべきことに、本人たちには一切、その気なく。彼らの生々しい激しさ、ワルというイメージを究極まで描いてみせたストリート的な激しさを、当時、多くのロックバンドが良くも悪くも手に入れたいとやっきになったものだ。
続きを読む。
17年振りの奇跡だ。奇跡と言っては失礼だが、ファンにとってはその表現以外に言葉が見当たらない。ついにオフィシャルからの発表、『チャイニーズ・デモクラシー』の発売決定がアナウンスされた。
ガンズ・アンド・ローゼズが長い沈黙を破っていよいよ始動開始となる。以前から発売されると噂されてきた新アルバム『チャイニーズ・デモクラシー』の完成、発売の決定である。米発売が11月23日、日本発売は11月22日(土)の予定だ。続きを読む。
ロサンゼルスでそれぞれ別のバンドで活躍していたメンバーが集結し、'85年に現在のラインナップで活動を開始。傑出した音楽性の高さでデビュー以前より話題となっていたが、'87年に発表した『アペタイト・フォー・ディストラクション』の全米No.1ヒットで、その人気は決定的なものになった。続きを読む。
ハード・ロック最後の大物 ガンズ・アンド・ローゼズ。
抜群の演奏力と歌唱力、パンクの過激さ、華麗なルックス、素晴らしいソングライティング、最高のライヴ・パフォーマンスなどすべてを兼ね備えたバンドだった。 続きを読む。
スウィート・チャイルド・オブ・マイン/Sweet Child O' Mine[ガンズ&ローゼズ/Guns N' Roses](1988)
1987年にアルバム『Appetite For Destruction』にてメジャー・デビューした『ガンズ&ローゼズ/Guns N' Roses』、本アルバムは 全米ビルボード初登場182位で、実に50週間かかって1位を獲得。続きを読む。
''80年代末、Guns N'' Rosesはハードロックというものの様相を変えてしまった。それも恐るべきことに、本人たちには一切、その気なく。彼らの生々しい激しさ、ワルというイメージを究極まで描いてみせたストリート的な激しさを、当時、多くのロックバンドが良くも悪くも手に入れたいとやっきになったものだ。
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17年振りの奇跡だ。奇跡と言っては失礼だが、ファンにとってはその表現以外に言葉が見当たらない。ついにオフィシャルからの発表、『チャイニーズ・デモクラシー』の発売決定がアナウンスされた。
ガンズ・アンド・ローゼズが長い沈黙を破っていよいよ始動開始となる。以前から発売されると噂されてきた新アルバム『チャイニーズ・デモクラシー』の完成、発売の決定である。米発売が11月23日、日本発売は11月22日(土)の予定だ。続きを読む。
ロサンゼルスでそれぞれ別のバンドで活躍していたメンバーが集結し、'85年に現在のラインナップで活動を開始。傑出した音楽性の高さでデビュー以前より話題となっていたが、'87年に発表した『アペタイト・フォー・ディストラクション』の全米No.1ヒットで、その人気は決定的なものになった。続きを読む。
ハード・ロック最後の大物 ガンズ・アンド・ローゼズ。
抜群の演奏力と歌唱力、パンクの過激さ、華麗なルックス、素晴らしいソングライティング、最高のライヴ・パフォーマンスなどすべてを兼ね備えたバンドだった。 続きを読む。
スウィート・チャイルド・オブ・マイン/Sweet Child O' Mine[ガンズ&ローゼズ/Guns N' Roses](1988)
1987年にアルバム『Appetite For Destruction』にてメジャー・デビューした『ガンズ&ローゼズ/Guns N' Roses』、本アルバムは 全米ビルボード初登場182位で、実に50週間かかって1位を獲得。続きを読む。
2009年3月14日土曜日
スティーヴィー・ニックス 『フリートウッドマック』
スティーヴィー・ニックス(Stevie Nicks, 1948年5月26日 - )は、フリートウッド・マックのメンバーであり、ソロとしても20曲以上のTOP50ヒットを持つシンガー、ソングライター。彼女の妖精のようなスタイルと重々しく象徴的な歌詞は、喝采と批評の両方を彼女にもたらした。スティーヴィーは、彼女が書き、当時ボーイフレンドだったリンジー・バッキンガムと録音した「Frozen Love,」と言う曲をミック・フリートウッドが聴いたことから、1975年にリンジーと共にフリートウッド・マックに招かれて加入。1977年のフリートウッド・マックのアルバム『噂』の成功で、世界的な名声を得た。スティーヴィーは、1981年のアルバム『Bella Donna』でソロ活動を開始し、これまでに5枚以上のソロ作品を制作した。参考:Wikipedia
1948年5月、アリゾナ州フェニックス生まれ。学生時代に出会ったリンジー・バッキンガムとバンドを結成。その後、74年にスティーヴィーはリンジーと共にフリートウッド・マックに加入。新生フリートウッド・マックは2人の加入によってグループの絶頂期を迎え、75年作『フリートウッド・マック』はNo.1を記録。77年作『噂』は全世界で2500万枚のセールスを記録。この時期、スティーヴィーはバンドの代表曲となる"Rhiannon","Dreams"等のヒット曲を書いていた。続きを読む
フリードウッド・マックの看板ヴォーカルとして活躍し、グループ在籍中にソロ活動を開始。81年の初ソロ・アルバム『麗しのベラドンナ』がいきなり全米No.1を獲得する。MTV世代なら憶えているだろうが、プロモーション・ビデオの中での妖艶さや、酒やけしたようなダミ声、そして全身総レースの服を着て歌い舞う、あの姿! いったい何人の少年たちの股間を熱くしたことか。マック時代の「妖精」といわれていた頃とはうって変わった、大人の色気を全面に押し出したような雰囲気は、今みてもゾクッとくるものがある。続きを読む
1948年5月、アリゾナ州フェニックス生まれ。学生時代に出会ったリンジー・バッキンガムとバンドを結成。その後、74年にスティーヴィーはリンジーと共にフリートウッド・マックに加入。新生フリートウッド・マックは2人の加入によってグループの絶頂期を迎え、75年作『フリートウッド・マック』はNo.1を記録。77年作『噂』は全世界で2500万枚のセールスを記録。この時期、スティーヴィーはバンドの代表曲となる"Rhiannon","Dreams"等のヒット曲を書いていた。続きを読む
フリードウッド・マックの看板ヴォーカルとして活躍し、グループ在籍中にソロ活動を開始。81年の初ソロ・アルバム『麗しのベラドンナ』がいきなり全米No.1を獲得する。MTV世代なら憶えているだろうが、プロモーション・ビデオの中での妖艶さや、酒やけしたようなダミ声、そして全身総レースの服を着て歌い舞う、あの姿! いったい何人の少年たちの股間を熱くしたことか。マック時代の「妖精」といわれていた頃とはうって変わった、大人の色気を全面に押し出したような雰囲気は、今みてもゾクッとくるものがある。続きを読む
2009年3月1日日曜日
ホイットニー・ヒューストン
ホイットニー・ヒューストン ~20年前の奇跡~
先日、会社からの帰宅時にFMラジオを聴いていると、2008年のベスト・アルバムという特集がされていて、その中で『レオナ・ルイス』という女性アーティストが紹介されていた。
続きを読む
Whitney Houston ホイットニー・ヒューストン
1963年 ニュージャージー州ニューアーク生まれ。
有名なゴスペルシンガー、シシー・ヒューストンの娘として生まれ、幼い頃からからシシーの組織するニュージャージーのニュー・ホープ・パブティスト協会の聖歌隊に加わり、基礎からゴスペルを学ぶ。11才の時には聖歌隊のソリストとしてその実力を発揮する。15才で初めてのスタジオセッションを経験し、シシーのステージにもバックコーラスとして参加するようになる。17才の頃からは美しい容姿を生かしてモデルとして活躍、コスモポリタンやセブンティーンなどの表紙やグラビアを飾る。続きを読む
ホイットニー・ヒューストンという名前を初めて意識したのは、何かの雑誌で早見優が最近お気に入りの曲として「すべてをあなたに」を挙げているのを見たのが最初でした。(一緒にシャーデーの「プロミス」を夕方聞いて浸っているともいってましたっけ・・・。)ほどなく見始めたばかりのベストヒットUSAに「恋は手さぐり」で登場。美しい声に抜群の歌唱力。すぐさまアルバムを買いにまいりました。続きを読む
正念場を迎えたホイットニー・ヒューストン
アメリカを代表するシンガーであるホイットニー。80年代の後半から約10年、その活躍は素晴らしいものがあった。しかし今は? マリワナ所持事件と前後して、どうも雲行きが思わしくない。この特集では、そんな彼女のこれまでを追う。続きを読む
先日、会社からの帰宅時にFMラジオを聴いていると、2008年のベスト・アルバムという特集がされていて、その中で『レオナ・ルイス』という女性アーティストが紹介されていた。
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Whitney Houston ホイットニー・ヒューストン
1963年 ニュージャージー州ニューアーク生まれ。
有名なゴスペルシンガー、シシー・ヒューストンの娘として生まれ、幼い頃からからシシーの組織するニュージャージーのニュー・ホープ・パブティスト協会の聖歌隊に加わり、基礎からゴスペルを学ぶ。11才の時には聖歌隊のソリストとしてその実力を発揮する。15才で初めてのスタジオセッションを経験し、シシーのステージにもバックコーラスとして参加するようになる。17才の頃からは美しい容姿を生かしてモデルとして活躍、コスモポリタンやセブンティーンなどの表紙やグラビアを飾る。続きを読む
ホイットニー・ヒューストンという名前を初めて意識したのは、何かの雑誌で早見優が最近お気に入りの曲として「すべてをあなたに」を挙げているのを見たのが最初でした。(一緒にシャーデーの「プロミス」を夕方聞いて浸っているともいってましたっけ・・・。)ほどなく見始めたばかりのベストヒットUSAに「恋は手さぐり」で登場。美しい声に抜群の歌唱力。すぐさまアルバムを買いにまいりました。続きを読む
正念場を迎えたホイットニー・ヒューストン
アメリカを代表するシンガーであるホイットニー。80年代の後半から約10年、その活躍は素晴らしいものがあった。しかし今は? マリワナ所持事件と前後して、どうも雲行きが思わしくない。この特集では、そんな彼女のこれまでを追う。続きを読む
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