2008年10月30日木曜日

元祖ビジュアル系 カルチャー・クラブ

1982年頃にMTVでカルチャー・クラブの曲が盛んに流されていました。
バンドの中心はボーイ・ジョージで奇抜なファッション(女装)で、どちらかとビジュアル面で注目されるバンドだったと思いますが、「君は完璧さ」という曲は、大ヒットしました。

次にリリースされた「カーマは気まぐれ」は全米No.1となりました。この曲は、「カマカマカマカマ」というフレーズが小中学生に受け、歌詞が覚えやすかったために、大ヒットとなり、アルバムの「カラー・バイ・ナンバーズ」は、オリコンチャートでも1位となりました。

2008年10月29日水曜日

「TOTO Ⅳ(聖なる剣)」 ~80年代を代表するアルバム~

1982年にTOTOが「ロザーナ」をリリースしました。
TOTOの当時の日本での人気は凄く、各FM放送局では連日、この「ロザーナ」がオンエアされていた。

私は当初「ロザーナ」という曲はあまり好きではなかったが、この「ロザーナ」は予想外に、大ヒットを記録した。
僕も気が付いたときには「良い曲だな。」と思うようになっていました。

アルバム「TOTO Ⅳ(聖なる剣)」からは、「ロザーナ」を始め、次々と大ヒット曲を出し、全米ヒットチャート第1位を記録しました。そしていつしか、80年代を代表するアルバムと言われるようになりました。

2008年10月27日月曜日

マーヴィン・ゲイ ~ソウル・R&B~

マービン・ゲイは、1982年にアルバム「ミッドナイト・ラヴ」をリリースし、これが大ヒット。約10年ぶりの復活となりました。しかし、それも束の間、1984年に、自宅で父親に射殺されてしまいました。何でも、父親と口論になり、逆上されて射殺されるというもの。何ともショッキングだったので、非常に記憶に残っています。

マービン・ゲイの「セクシャル・ヒーリング」は大好きな曲でした。特にイントロでの囁く様なコーラスが、今聞いても、ゾクゾクします。

マーヴィン・ゲイの曲で特に有名なのは、「ホワッツ・ゴーイン・オン」で、この曲は1971年にリリースされて、大ヒットを記録したそうです。シンディーローパーがカバーしてヒットしたのが有名ですね。

2008年10月23日木曜日

ジョン・クーガー

1982年にジョンクーガーがHurts so good「青春の傷跡」で、ビルボードチャートで全米No.1を記録しました。
次に、シングルカットされたのが、Jack and Dianeで、今度はバラードでした。バラードでもアメリカくさい感じでした。
この曲は、聴けば聴くほど味が出てくる曲で、この曲も全米No.1のヒットになりました。
もちろん、これら2曲が収められたアルバム「American Fool」も大ヒットし、まさしくジョンクーガーの黄金時代が始まったといっても過言ではなかったでしょう。
それほど、凄い人気がありました。

2008年10月21日火曜日

マドンナ ~音楽史上最も成功した女性アーティスト~

1984年にマドンナが「ライク・ア・ヴァージン」で大ブレイクをしました。この時、一体誰が、「ポップス界の女王」と呼ばれ、ギネスブックで「史上最も成功した女性アーテイスト」とされる事を予測できたでしょうか。

マドンナは、スキャンダラスな話題が先行していて、特に覚えているのは、成人映画に出演したビデオが話題になって発売された事でした。

マドンナは50歳のようだが、最近離婚話で話題になっているみたいですね。どうでもいいことですが。

ほぼ同時期にブレイクした、マドンナとシンディー・ローパー、貴方はどちらが好きでしょうか。

2008年10月19日日曜日

ディスコ・キング ~アース・ウィンド・アンド・ファイアー~

アース・ウィンド・アンド・ファイアー (Earth, Wind & Fire)は、1981年に、「レッツ・グルーヴ」で知りました。

アース・ウィンド・アンド・ファイアーはディスコ業界でのカリスマ的存在で、「セプテンバー」や「ブギー・ワンダーランド」が有名でした。

モーリス・ホワイトとフィリップ・ベイリーの二人がヴォーカルで、グループの人数は多すぎて、よく分からず、「一体、何人いるのか」と思ったものです。

フィリップ・ベイリーは、フィルコリンズとのデュエット曲「イージー・ラヴァ-」がヒットしたが、モーリス・ホワイトは、パーキンソン病になってしまいました。

ちなみに、アース・ウィンド・アンド・ファイアーは日本のアーティストにも影響を与え、特にドリカムが彼らの影響を強く受けているようで、「決戦は金曜日」がアース・ウィンド・アンド・ファイアーを彷彿させる曲となっているのは有名ですね。

2008年10月16日木曜日

メンアットワーク

1981年、メンアットワークというグループが「ノックは夜中に(Who Can It Be Now?)」という曲でデビューしました。
日本語にすると「工事中」という何とも滑稽なグループ名でした。
「ノックは夜中に(Who Can It Be Now?)」は、サックスが印象的な曲で、あっという間にチャートを駆け上がり、全米No.1を制覇しました。
2曲目は、「ダウン・アンダー(Down Under)」という曲で、これはメロディラインが気に入り、よく聴いた。この曲も、全米No.1を獲得し、デビューから2曲連続の全米No.1という、離れ技をやってのけました。
まさに快挙だったと思います。もちろんその年の、グラミー賞最優秀新人賞にも輝きました。

2008年10月13日月曜日

J・ガイルズ・バンドの「堕ちた天使」

1981年に、J・ガイルズ・バンドの「堕ちた天使」という曲がヒットしました。この「堕ちた天使」は6週間も全米1位となりました。
2曲目のシングルは、アルバムタイトル曲の「フリーズ・フレイム」であったが、「堕ちた天使」が大ヒットしたために、少し物足りなさを感じました。結局彼らは、一発屋だったのでしょうか。
1983年には、ヴォーカルのピータ・ウルフがソロで「ライツ・アウト」という曲を出し、ヒットを飛ばしました。
そのため、J・ガイルズ・バンドからピータ・ウルフがソロ活動のため脱退し、その後は、さっぱりといった感じになりました。

2008年10月11日土曜日

ハスキ声 ~ ロッド・スチュワート ~

ロッド・スチュワートを知ったのは、1981年に「トゥナイト・アイム・ユアーズ」がヒットしたときです。
ロッド・スチュワートの魅力は、一度聴くと忘れられない、しゃがれた声のハスキーボイスだと思います。
また、セクシーなところも、ロッド・スチュワートの魅力ですね。

私がロッド・スチュワートの曲で好きなのは、「今夜決めよう」です。名曲だと思いませんか?

2008年10月8日水曜日

ドン・ヘンリーとグレン・フライのイーグルス

イーグルスの曲では、「ホテルカリフォルニア」という曲が超有名だが、僕は、「ならず者」が大好きです。キムタクのドラマの主題曲になったからではなくて、ドン・ヘンリーは、このような哀愁の漂うバラードが一番似合っているのではないかと思うのです。

僕が洋楽を聞きだした頃は、とっくにイーグルスは活動をしていなくて、ドン・ヘンリーとグレン・フライはソロ活動をしていて、それぞれにヒット曲を出していましたね。
ドン・ヘンリーは「ボーイズオブサマー」、グレン・フライは「サムバディ」だったかな?
どちらもヒットして、やっぱ、イーグルスは凄いなと思いました。

2008年10月2日木曜日

エドはるみとエドサリバンショー

エドはるみの言う芸名は、「エドサリバンショー」から採ったというのは有名な話ですが、「エドサリバンショー」を知っている人はどれくらいいらっしゃるでしょうか?
この番組は、エドサリバンが司会でやっていた、アメリカのバラエティ番組で、ポピュラー音楽のシンガーを招き、トークや歌を披露してもらうというものでした。

日本でも、放送され、「ブルーコメッツ」が「ブルーシャトー」を演奏したのをおぼえています。

この番組は、サリバン自身が、カトリックの信仰を持つ保守派のため、倫理面にうるさいという事から、いくつかの有名なエピソードを残しています。特に有名なのが、
「エルヴィスプレスリーの腰を振るアクションを卑猥に感じたために、上半身だけのアングルだけ放送した」といった内容です。
そういったエピソードが数多くあるために、逆に知名度があがったかもしれませんね。
エドはるみを見て、ふと、エドサリバンショーを思い出しました。