2008年9月30日火曜日

エスケイプ ジャーニー黄金時代

1981年、ジャーニーの「ドント・ストップ・ビリーヴィン」が、ポップスベストテン(FM大阪)にチャートインし、この曲で初めてジャーニーというバンドを知りました。
スティーブ・ペリーの透き通るヴォーカルが気に入ってよく曲を聴いていました。

この「ドント・ストップ・ビリーヴィン」が入ったアルバム「Eacape」からは、「Who’s Crying Now」、「Open Arms」も大ヒットし、このアルバムも、自身初の全米1位となり、このアルバムは、80年代最高傑作のひとつにあげられると思います。
ジャーニーの曲の中で私の一番好きな曲は、「Who’s Crying Now」です。

その後、1983年にアルバム「フロンティアーズ」をリリースし、全米9週連続2位の大ヒットとなりました。この時期はマイケルジャクソンの「スリラー」が延べ37週にわたって1位を記録したために、1位になることが出来なかったアルバムでした。

2008年9月28日日曜日

「ホール&オーツ」のコンサートはよく行きました。

私はホール&オーツの大ファンでした。過去形になっていますが、もちろん、今でも好きです。
彼らのコンサートはよく行きました。何回行ったかは覚えていませんが、5回程は行ったと思います。
1980年頃、大阪でのコンサート会場というと、ほとんどが大阪府立体育館でした。当時は、大阪城ホールが未だ無かったので、大阪でコンサートというと、ここが定番でした。

ホール&オーツのコンサートでの見せ場は「Wait for me」ですね。ダリルホールのワンマンショー的な演出があり、決まって女性ファンが奇声をあげます。この曲、一般的にはあまり、有名な曲では無いが、素敵なバラードです。是非、コンサートで聴いていただきたい曲ですね。

2008年9月26日金曜日

ポリス ~見つめていたい~

ポリスはデビュー当時、「ビートルズが作った記録をすべて超えてみせる」と語っていたそうです。

ポリスの曲を初めて聞いたのは、高1ときで、曲は、「マジック」でした。しかし、特にファンになる程の事でもなく、「歌があまり上手じゃないな。」という感想でした

そのポリスが、ある日、新曲を出してきました。曲名は「見つめていたい」です。これを初めて聴いたとき正直、驚いたと同時に、必ず大ヒットすると確信しましたね。
その後、アルバム「シンクロニシティ」を購入し、全ての曲を聴いて、「Every Breath You Take」だけでなく、アルバム自体の出来が素晴らしいと感じ、ひょっとしてビートルズを超えるのか?と少し思ってしまいました。でも、そんな訳無いか(爆)。
当然のことのように、ポリスはこのアルバムからヒットを連発しました。間違いなく、80年前半を代表するアルバムだと思いますので、是非聴いて欲しいアルバムの一つです。

2008年9月24日水曜日

アメリカミュージック ~ジョン・クーガー~

1982年 ジョンクーガーが「Hurts so good」という歌で、ビルボードチャートを上昇してきました。曲は結構、ノリがよく、チャートで全米No.1を記録しました。
次に、シングルカットされたのが、Jack and Dianeでした。Hurts so goodとは、うって変わって、バラードでした。この曲は、聴けば聴くほど味が出てくる、そんな曲でした。これも、気が付いたら全米No.1のヒットになりました。
アルバムの「American Fool」も大ヒットし、アメリカにおいて、絶大な人気を獲得、ジョンクーガーの黄金時代が始まりました。

Jack and Diane、 この曲は本当に良い歌だと思います。噛めば噛むほど味が出る。そんな曲です。

ジョンクーガーはその後も、ヒットアルバムを次々とリリースしていきました。日本公演時には、コンサートにも行きました。でも。全然記憶がないですね(苦笑)なぜだろう?

Tシャツを着た若い男がロックンロールを聴いている。
グリースをたっぷりぬりまくって、ほろ酔い加減で彼は言う。
「これが私の運命なのか。だって、小さいときには言われたんだ、
「お前は大統領になるんだよ。」って」
ところが案の定、こんな昔のばかげた夢は、思い出したと思ったら直ぐに忘れてしまった。
「ピンクハウスより」

2008年9月21日日曜日

フックト・オン・クラシックス

今日は、息子の運動会でした。小学校最後の運動会。組み立て体操、がんばってやっていました。後でほめてあげたいです。

ところで、運動会と聞くと、どんな音楽を思い浮かべますか?
私は、やはり、オッフェンバックの「天国と地獄」でしょうか。
その様な事を思い浮かべているうちに、ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団が1982年に発表した、「フックト・オン・クラシックス」を思い出し、聴きたくなりました。

この曲は、ヒットチャートにランクインするほど、ヒットし、話題になりました。
いわゆる、サビの部分をつなぎ合わせて1曲にしたもので、クラシックが長くて苦手の私に、クラシックの良さを教えてくれた、思い出の曲です。
私は、「フックト・オン・クラシックス Vol.1」というアルバムレコードを持っています。お勧めは、2曲目ですね。ムード音楽のメロディですが、聴くと直ぐに眠たくなる曲です。車の運転の時に聴くのはまずいですね。

2008年9月19日金曜日

ディスコ・ミュージック

ディスコ・ミュージックとは、もはや死語でしょうか? ダンス・ミュージックというのがナウい?あっ、ナウいも死語ですね(笑)。

この間、ジュリアナ東京が一夜限りの復活をしていました。バブルです。
関西はマハラジャですね。私もよく行ったものです。

アバ、KC &サンシャインバンド、アラベスク、ボニーM、EW&F、デッドオアアライブ、バナナラマ、ヴァンマッコイ?

ディスコと聴いて、どんな曲を思い浮かべますか?

私は、やはりビージーズですね。
そうです。映画「サタディナイトフィーバー」です。ジョントラボルタです。この映画から、「ステインアライブ」「恋のナイトフィーバー」「愛はきらめきの中に」等の大ヒットが生まれ、セールスは、売上げ1200万枚以上と、当時世界一を記録しました。2枚組みのアルバムで、このセールスです。凄いです。
「ビージーズ」の魅力は何といっても、3兄弟(バリー・ギブ、ロビン・ギブ、モーリス・ギブ)のハーモニーですね。中でも「愛はきらめきの中に」は、最高傑作だと思います。

レンタルレコード お世話になった日々

1980年頃は、気に入った曲がリリースされると、レコードを買って、カセットテープに録音して聴く。つまり、主役は、レコードとカセットテープでした。
そのような時代に、レンタルレコードの店が東京にオープンしました。
音楽業界はレコードが売れなくなると危惧し、大ニュースとなりました。
私は、「レンタルレコード借りれば、レコードを買わなくで済むので良いな。」と思っていました。中学生だったので、何が問題になるのか、よくわかりませんでした。

やがて、大阪にもレコードレンタルのお店が出来て、私も借りに行くようになりました。しかし、置いてある枚数が少なくて、決して満足出来る内容ではありませんでした。
他にもレンタルレコードには、色々な問題があり、例えば、レコードは、消耗するので、聴き過ぎてしまうと、聴けなくなってしまいます。だから、そのような消耗レコードにレコード針を落とすと、針が傷むといった問題がありました。
又、レコードは清潔を保つためにクリーナーを使用するというのが、一般的でありましたが、クリーナーを使用すると、レコードが帯電しやすくなるという問題がありました。だから、レンタルレコードへの使用は禁止されていました。つまり管理が大変だということです。

以上のような事が原因で、レンタルレコードの店舗数は、あまり増えなかったと思います。

2008年9月18日木曜日

刺青の男  ローリング・ストーンズ

ある日、同じクラスの友人が、「気に入っているアルバムを貸すよ。」と言って、一枚のアルバムを無理やり、貸してくれました。無理やりというのは、特に「貸して。」と言っていないのに、勝手に持ってきて渡してくれたので、そういう表現にしました。
そのアルバムジャケットには刺青が入った男の絵が描かれていて、ちょっと不気味でした。「絶対、気に入るから。」と友人が自信たっぷりに言うので、その言葉を信じて、そのまま借りる事にしました。そのアルバムが、ローリングストーンズの「刺青の男」でした。
家に帰って早速、そのレコードを聴いてみました。1曲目は「Start me up」で、いきなりノリがよく、「カッコイイ」と感じ、信じて借りてよかったなと思ったものです。
このアルバムをきっかけで、ストーンズの嵌ってしまい、片っ端から曲を聴きまくりました。
ストーンズは同じイギリス出身のビートルズと何かにつけて比較され、ビートルズはクイーンで、ストーンズは娼婦といったように、いつもダーティなイメージでした。でもそれが、中学生の私にとっては「カッコイイ」と感じました。
その後、1990年に、初来日を果たすのですが、その時に行ったコンサートの事を、昨日の事のように思い出します。

2008年9月15日月曜日

音楽ファンのバイブル Music Life

音楽雑誌で、よく読んでいたのがMusic Lifeだった。価格は500円。洋楽を愛する我々にとっては、バイブルのような物で、これを学校へ持っていくと、人気者になっていた。

この本には、色々なアーティストのグラビアやライブ映像を掲載してあり、よく切り抜いて、学校へ持って行った。目立つところに、これを置き、これを見たクラスの子が「これ誰?」と聞いてくる。“待ってました。”とばかりに「この人は、○△□×。。。」と、自慢げに話す。「洋楽は良いよ。」と自慢げに話す。
こうやって、格好をつけていた。

当時のMusic Lifeには、ヴィジュアル系のアーティストがよく取り上げられていた。私は、あまり興味がなく、どちらかと言うと、デビッドボウイやストーンズ等の渋めが好きだった。

もちろん、一番好きだったのは、ダリル・ホールで、彼らのグラビア記事も結構多く、掲載されていた。

2008年9月13日土曜日

洋楽との出会い

初めて洋楽を聴いたと記憶しているのは、小学4年生の頃の1977年です。
兄が聴いている音楽を一緒に聴いていました。その名は「ビージーズ」、かの有名な映画「サタディナイトフィーバー」のサントラです。「恋のナイトフィーバー」「ステインアライブ」「愛はきらめきの中に」「ジブトーキン」「You should be dancing」など、「サタディナイトフィーバー」のサントラアルバムからは、たくさんのヒットが生まれました。中でも一番好きなのが「愛はきらめきの中に」です。
「ビージーズ」の魅力は何といっても、ハーモニー(コーラス)の素晴らしさです。メンバーは、バリー・ギブ、ロビン・ギブ、モーリス・ギブの3兄弟で、声質が似ており、それがハーモニーの美しさに繋がっていたと思います。しかし、2003年にメンバーのモーリス・ギブが逝去されてしまい、ビージーズとして新しい曲は聴く事が出来なくなってしまいました。カーペンターズの時もそうでしたが、今後、彼らの美しいハーモニーの新曲が聴けないのは、残念です。

2008年9月12日金曜日

世界平和を考える

昨日は、9/11。アメリカ同時多発テロが発生した日です。
ちょうど、私は、仕事の出張で成田からフランクフルト空港へフライト中でした。
フランクフルトのホテルにチェックイン後、部屋に入り、テレビの電源スイッチをONにした瞬間、ビルへ飛行機が突っ込む映像が流れていました。私は、映画だと思い、チャンネルを切り替えました。しかし、切り替えたチャンネルでも同じ様な映像が流れていました。又、チャンネルを換えると、そこも同じ様な映像。そして、パレスチナのアラファート議長が映し出されている事と、画面下に、「Terrorist」の文字が流れているのに気付き、その時に、テロリストが起きた事に気が付きました。そして何より、出国の手続きが大変だったのを思い出します。

世界平和で、すぐに思い浮かべられるアーティストがいます。それはジョンレノンです。

想像してごらん 国境なんて存在しないと
そう思うのは難しいことじゃない
殺す理由も、死ぬ理由もない
宗教なんてものも存在しない
想像してごらん すべての人々が
平和のうちに暮らしていると…

僕のことを単なる夢想家だと思うかもしれない
でも、僕ひとりだけじゃないんだ
いつの日にか 君も仲間に加わってくれよ
そうすれば 世界はひとつになるだろう
イマジンより

どうしたら戦争が起きなくなるのか、それを教えてくれたのはジョンレノンでした。
今週末の宴会、カラオケでイマジンを歌おうと、思います。

2008年9月10日水曜日

FM音楽雑誌

1980年代良く聞いていたFMラジオ。大阪で受信できた放送局はNHK FMとFM大阪の2局しかなく、「もっと放送局があったら良いのに。」と思っていた。
FMラジオを聴く理由は、Air Checkのため。だから、番組をチェックできるFM番組雑誌を購入していた。いつも購読していたのが、FM fanと週間FM。よく聞いていたFM番組は、土曜の14時からFM大阪で放送されていたポップスベストテン、NHK FMで土曜日15時10分から放送されていた「リクエストアワー」でした。
FM fanのようなFM番組雑誌は、隔週で販売されていて、いつも発売を楽しみにしていました。買ったその日から、蛍光ペンを片手に、番組表を塗りつぶし。。。。
ちなみに、当時のFM雑誌には代表的な物が3つあって、FM fanと週間FMとFM ステーションだったと記憶しています。そして、これらには、それぞれ音楽チャートが掲載されていて、
FM fan……Billboard
週間FM・・・… Radio & Records
FM ステーション……・Cash Box
だったかと。
う~ん。。懐かしいなあ。今では、一つもこのような雑誌はありませんね。

2008年9月8日月曜日

洋楽番組 ザ・ベストヒットUSA

洋楽を聴きだして、毎週楽しみにしていたテレビ番組があった。それが、伝説の番組「ザ・ベストヒットUSA」です。司会は、小林克也さんで、素晴らしい声をしており( 今でも素晴らしいですが。) それが番組を一層引き立てていました。
余談ですが、小林克也さんは、ギャラが一声、100万円の時もあったそうです。

ザ・ベストヒットUSAは、レコードアルバムのジャケットがパラパラめくれて始まるといった内容で結構好きでした。確か、毎週土曜日放送でしたね。

この番組は基本的に最新のヒットチャート(確かRadio & Records。)を紹介するというものでした。但し、最新と言っても、数週間遅れていましたけどね。
記憶に残っているのでは、オリビア・ニュートンジョンがフィジカルで大ヒットを飛ばし、Billboardでは、10週間連続1位となり、同時期にフォリナーのガールライクユーが10週連続2位にだったのに、このチャートでは、ガールライクユーが1位を独占です。これは、意味不明でしたが、フィジカルの放送禁止が影響していたのかもしれません。ちなみに、ホール&オーツのI can’t go for thatも1位になっています。私は、彼らのファンだったので、非常に嬉しかったのを覚えています。

残念ながら、今では、この番組を見られませんが、ニコニコ動画で最近みつけて、懐かしいなあと思っていたところです。

2008年9月7日日曜日

ホール&オーツ 洋楽に覚醒

中学生の頃に、FM大阪のポップスベストテンという番組を通じて、ホール&オーツの「Private eyes」を初めて聴いた瞬間、一気にとりこになってしまった。これをきっかけに洋楽に覚醒。
当時、流行っていたのは、ポリスにジャーニー、ホール&オーツ、ジョンレノン、そしてポリスといったところ。
でも、僕は断然ホール&オーツ。とにかく、ダリルホールがカッコいい。
ホール&オーツのデビューからのレコードは全て聴いたのは言うまでのありませんね。

コンサートも延べ5回いきました。場所は、大阪府立体育館です。当時は、大阪城ホールがなく、来日アーティストの大阪公演は大体、大阪府立体育館が多かったですね。

ホール&オーツの歌で私の好きな歌。
Private eyes
初めて聴いた曲なので、思い入れが強い。もちろんよい曲。プロモーションビデオもGood。
Wait for me
ホール&オーツのファンなら納得していただけるでしょう。素敵なバラードです。コンサートで見せ場たっぷりの曲です。コンサートで聴いていただきたい曲。
I can’t go for that
オリビアのフィジカルの全米No.1を10週でとめた、伝説の名曲。
この曲は、最近カヴァーもされていましたね。FMで流れたとき「おやっ、盗作か?」と思ったものです(笑)。プロモーションビデオがとにかくカッコいい。
Every time you go a way
この歌は、1985年にポールヤングにカヴァーされて、全米No.1になっている名曲。でも、何度聴いても、ホール&オーツの曲の方がよい!!と思うのは、僕だけじゃない筈。ダリルの声にしびれます。
まだまだ、紹介したい曲はありますが、今回はここまでにしておきます。